錦秋特別公演「芯 2011」/演出・振付 名古屋華舞台 甲冑能 新作「信長」/作 藤間 勘十郎 スペシャルインタビュー 日本舞踊の若き宗家が描いた新作能「信長」。そして「和」の仲間たちと作る「芯」。斬新なアイデアが光る、その世界観に迫る。

宗家藤間流、八世宗家・藤間勘十郎。
江戸時代から続く流派「宗家藤間流」の八代当主として、 代々引き継がれて歌舞伎の振り付けを手掛ける舞踊界のプリンスです。
歌舞伎のほかにもさまざまなジャンルに挑戦する若き宗家が新しく手掛けたのが、能。
父である能楽師・梅若玄祥のために書き下ろした新作能で、新境地を開きます。

信長
今回の「甲冑能 新作 信長」は、勘十郎さんが脚本を手掛けられ、お父様の梅若玄祥さんが演出とシテ方を務めるという、大変楽しみな公演ですね。

子どもの時から、お能は習っていましたし、能楽の世界にも仕事でお手伝いに行ったりはしますが、やはりなかなか畑が違います。以前、自分の会で新作能を書いたことはあるんですよ。でも、今度はきちんとした公演ですから、やはり一作家として梅若玄祥という能楽師がよく見えるようにしなければと思い、こだわって書きました。歌舞伎の振り付けをするときも同じです。今回はこの役者さんだから、この方に合うように作ってみよう、というような作り方をしていますから。

見どころを教えてください。

お能の場合、最初にワキが出てきて、前シテが少し進行するような部分を語ったりするんですが、今回はまず、旅人が登場するときに、気がついたら比叡山にいたという設定にしたのが、ちょっと特殊なところなんですね。そこは玄祥師匠と相談をしまして、ただ単に旅人が歩くわけではなくて、いつの間にか信長が焼き討ちにあった延暦寺にたどり着いていて、そこに芸人が現れるという形にしてみようではないかと。まず、とっかかりから工夫をしました。それから、やはり「甲冑能」というくらいですから、鎧を身に着けて登場するという、見た目の形ですね。これがまず、ほかの能にはない、楽しんでいただけるところだと思っています。それから、僧兵が出てきまして、自分が焼き討ちした僧兵たちーお互いお化け同士なんですけどねーその亡霊同士がまた、当時のことを思って、恨みを述べながら戦う。でもそこで、初めて戦いの虚しさというものを信長本人が悟る。この一連の流れー僧兵との勇壮な立ち回りから、ふと信長が悟る場面—ここが、後半の見どころではないかと思います。

5月には比叡山延暦寺の御堂内で上演されましたが、今回は名古屋能楽堂での公演です。演出などが変わることは?

舞台が全然違うので、多少は変わりますね。能舞台にはまる形になると思います。そこも、今回の公演ならではの見どころになるかもしれませんね。

芯2011
秋には、勘十郎さんが演出・振付を手掛け、歌舞伎の中村勘太郎さん七之助さんが出演される錦秋特別公演「芯2011」が控えていますね。

日本の伝統芸能を代表する「歌舞伎舞踊」「和太鼓」「津軽三味線」のコラボレーションが、この公演のコンセプトです。そこにテーマ性を持たせたいということで、私もお話をいただきました。現代人は、とかく芯がブレがちですよね。ですから、一度、原点に帰るという意味で「芯」という名前をつけてみようということが、今回の公演のそもそもの始まりです。コラボレーションというのは、相手のところに歩み寄ることだけではないんですよね。それぞれが、自分がやっているものを最大限に発揮してぶつかり合うことで、また違うものができ上がるという…それがコラボレーションだと思います。それで、最初に演出するときにすごく悩んだのは、歌舞伎舞踊にしたかったということ。勘太郎さんと七之助さんという歌舞伎の方の公演ですから。伴奏が和太鼓と津軽三味線だと歌舞伎にはならないんですけど、その中で彼らがそこに依存することなく、あくまでも歌舞伎舞踊をご披露する。これで初めて歌舞伎役者が踊る意味があると思うんです。それで、舞踊の原点といってもいい「三番叟」を「芯」にしようと考えました。今まで忘れていた、私たちの原点ということですよね。また、太鼓は躍動感のある感じで、津軽三味線が打楽器的な感じのする、いわゆる叩いて出すみたいな音を感じるんです。「三番叟」も、足を踏んだり声を出したり、そういうことでお囃子の方たちと一種の掛け合いをしながらやっていきますからね。そういう音や声を入れたら「三番叟」の意味がはっきりするし、また音楽的にも一種のコラボができるのではないかな、と。ですから、あくまで歌舞伎で普段上演している「三番叟」—私が振り付ける場合もそうですがーそれをそのままにやっております。

見どころ、楽しみ方などは、どのようなものでしょうか?

あまりストーリーなどは気にせずに、音楽的な面白さと見た目の面白さを楽しんでいただくと、歌舞伎などになじみのない方も入りやすいんじゃないかと思いますね。音楽的にもすごく面白くできていますし。また、20分ぐらいの間にギュッと凝縮して繰り広げられるというのが一番の見せどころだと思います。それに皆さん若い方ですから、パワーがあります(笑)。もちろん、若さだけではない、技のパワー、実力のパワーも感じられますし、そういうものを感じ取っていただけたら、元気になって帰っていただけるんじゃないかなと思います。

今回のように、伝統芸能を守っている若い世代が同じベクトルを持ってコラボレーションするのは、とても頼もしく感じます。

正直言うと、若い人だけでやるっていうのはすごく大変なんです。大人がいるかいないかで、舞台が締まるか締まらないか、本当に違ってくるんですよ。ただやっぱり、若い人たちだけじゃなきゃできない何か、今そのときの華というのかな?そういうパワーみたいなものがあるんですね。20代〜30代の人じゃなきゃできないものがある。これを最大限に引き出すことが、私の演出の仕事ですし、そのときの華、演者自身の華がぱっと咲いたときに、それを受けてくれるお客様が感動してくださるんだと思います。それぞれめざすものがあったとしても、やっぱりひとつにまとまったときに出てくる華、パワーというもので、お客様は一種の感動を覚えてくれるんじゃないかなぁと、私は思っているんです。

震災で日本全体が沈んだ空気の中、日本の伝統芸能に携わっていらっしゃる方として思われることはありますか?

日本人って本当に仲がいいと思うんですよ。まとまりのよさというか。例えば、舞台を作るってね、やっぱりひとりじゃできないんです。何十人、何百人という人の思いがひとつになって初めてできるものなんですね。ひとりでも欠ける人が出たら、それだけ士気が下がるんですよ。日本の伝統芸能の人たちって、何かひとつのものに向かってやっていくってことがもう当たり前のようになっているんですよね。それが私は、「和」に携わっている、伝統芸能に携わっている人間のすごいところだと思います。やっぱりチームプレーなんです、私たちは。だから、今回の震災があって「日本人でいてよかったな」と思いました。皆で何かをしなきゃいけないと思う気持ちがひとつになるでしょう?それは歌舞伎界も同じ、お能の世界もそうかもしれないし、また、テレビの世界もそうかもしれない。皆ひとつにならなくてはいけないと思って、すぐに実行できるじゃないですか。それって、なかなか難しいものですよ。でもできるというのは、それだけ皆さん普段からそういう仕事をしているということだと思います。だから私は「今だからひとつになるんだ」とか、そういう風には思ってないですね。もともとそういうことをやっている人たちの集合体だと思っているので。歌舞伎でもお能でも、舞台の上に立ってスポットを浴びている人の裏には、それを支える何百人という人がいるんですよ。今、私は改めてそれを強く感じています。