【能・狂言と文学 ―時代を越える“ことば”と“こころ”―】
名古屋能楽堂 7月定例公演
芥川龍之介『俊寛』(大正11年)
後白河院の近臣であった俊寛僧都は、平清盛への謀反を企てた罪で成経・康頼とともに鬼界ヶ島へ流された。
能《俊寛》は、『平家物語』巻二「康頼祝言」・巻三「赦文」にもとづき、赦免状の到着した場面を劇化したものである。
江戸時代前期、この能《俊寛》を翻案して生まれた傑作が、近松門左衛門の浄瑠璃『平家女護島』の「鬼界ヶ島」段である。能と大きく異なる点は、赦免状の内容が俊寛も帰れるものであったことと、にもかかわららず、成経の恋人となった土地の海女・千鳥を船に乗せるため、俊寛が自主的に島に留まったことである。女性が登場し、恋物語が背景となることで、華やかな印象となっている。
さらに近代に入り、倉田百三や菊池寛、芥川龍之介らによって戯曲や小説が著され、俊寛のその後が描かれている。例えば芥川の作品では、俊寛はすっかり島での暮らしになじみ、現地ならではの食材を楽しむ余裕すら見せている。しかも、結局は乗船することができなかった千鳥から張り倒されてしまったという秘話まで明かされる。
芥川が描く俊寛像は一見すると奇抜だが、実は能の俊寛にも、ただの水を酒に見立てる飄々とした柔軟さが見られる。それに、浄瑠璃の千鳥はあまりにもストレートに感情を出し過ぎて、見ようによっては小うるさく、反感を招く存在だ。……特に、能のファンにとっては。
能の俊寛は多くを語らないが、抑えられた所作の中に、極限まで追い込まれていく精神状態が込められている。近代の作家たちによる多彩な俊寛像も、能の舞台から膨らんだ想像力の賜物かもしれない。
[演目]
1、能「俊寛」(観世流)/シテ 梅田邦久
2、狂言「薩摩守」(和泉流)/シテ 鹿島俊裕
解説「能の装束」/梅田邦久